プラハ参加報告:CII年次総会2026 セミナー
2026年9月、国際調査員協議会(CII:Council of International Investigators)の年次総会(AGM)に出席するため、チェコの首都プラハを訪れました。総会での協議や世界各国の仲間との再会もさることながら、AGMの大きな柱となるのが教育セミナーです。今年は7か国から13名の講演者が登壇し、制裁逃れや模倣品のサプライチェーンから、現場の尾行・張り込み、さらにはAIの適切な活用まで、実に幅広いテーマが取り上げられました。
初めての旧共産圏で感じたこと
今回のチェコ訪問は、私にとって初めて東ヨーロッパの旧共産圏、そしてスラブ系の国に接する機会となりました。CIIもWAD(世界探偵協会)も、世界中に会員が散らばる国際組織ですが、いずれもアメリカ・シカゴを発祥の地とし、西側諸国を中心に運営されてきました。そのため、アジアではシンガポール、香港、マレーシア、インドなど旧アングロ圏の国々でAGMが開かれることはあっても、東ヨーロッパの旧共産圏での開催は非常に稀です。CIIのAGMが旧共産圏で開催されたのは、今回が初めてのことでした。
共産主義国家は必然的に独裁体制となり、民間が自由に情報を収集することを許しません。その意味で、共産主義時代は、民間の調査業が発展しにくい環境にあったと思われます。1989年のビロード革命を機に当時のチェコスロバキアで共産党体制が崩壊してから、30年余り。資本主義・自由主義の体制が根づき、チェコにもCIIのAGMをホストできるだけの有力な調査会社が登場したのです。
ヨーロッパ経済の中核であるドイツでさえ、調査業に正式なライセンス制度はありません。1990年の再統一まで国の東側が共産主義体制下にあったことも、その要因の一つではないかと私は考えています。共産主義や社会主義的な国家体制は、調査業との相性が良くないということでしょう。
プラハの空港から乗ったUberの運転手は、たまたまウズベキスタン出身の方でした。道中、東ヨーロッパの旧共産圏やスラブ系の国々について、興味深い話を聞かせてくれました。ウズベキスタンも旧ソ連圏のため、ロシア語を話せる人が多くいます。ロシア語ができれば、チェコ語、ポーランド語、ウクライナ語、スロベニア語、ブルガリア語といった同じスラブ語系の言語も、共通点が多いためそれほど苦労せずに習得できるそうです。つまり、ロシア語を話せる人にとっては、これらの国への出稼ぎや移住のハードルが低いということです。
また、チェコにはベトナム系の移民も多いと教えてくれました。ベトナムと旧共産圏時代のチェコスロバキアは同じ社会主義陣営として交流があり、その名残で、今もベトナムの人々はチェコに親近感を抱いていて、多くの移住者が暮らしているのだそうです。30年以上前に終わったはずの冷戦が、今なお人々の暮らしに影響を与えていることを知り、感慨深い思いがしました。
こうした話を聞いて、ヨーロッパの中にも、旧共産圏・旧ソ連圏・スラブ語圏と、それ以外の国々との間に大まかな区分があることを肌で感じました。とはいえ、地続きのヨーロッパでは、国境はあっても言語や宗教で完全な線引きができるわけではありません。各国に数多くのユダヤ人ディアスポラが存在するうえ、スラブ系の国の中にもドイツ語、ハンガリー語、イタリア語などを話す人々の居住地が入り組んでいます。歴史を振り返っても、チェコは長くハプスブルク家のオーストリア帝国(のちのオーストリア=ハンガリー帝国)の一部でしたし、第一次世界大戦後にはスロバキアと一つになってチェコスロバキアを形成しました。それが1993年に分離し、現在のチェコ共和国となっています。スラブ系の国でありながらヨーロッパの中央に位置するという地政学的な条件ゆえに、チェコの国家体制や政治体制は、歴史の中で目まぐるしく移り変わってきたのだろうと思います。
こうした背景に思いを馳せながら、西側諸国を中心に発展してきた調査業の世界で、冷戦の終結から長い時を経て、ついに旧共産圏でAGMが開催されたことにも、深い感慨を覚えました。
プラハは今回の開催地として興味深いところでした。複数の講演者も触れていたように、プラハは古くから諜報活動の交差点として知られてきた歴史を持ち、今日のチェコは、私たち調査業界が日々向き合う国境を越えた問題の最前線に位置しています。以下、私が聴講した各セミナーの内容を簡単にご紹介します。
※本記事の各要約は、講演者ご本人の見解・経験・評価を記録したものであり、当社が独自に調査・確認した事実を示すものではありません。
プログラム一覧
| No. | セミナー | 講演者 |
|---|---|---|
| 1 | ロシアの影響力とチェコのマネーロンダリング | Jiří Hynek 氏 |
| 2 | 南アジアにおける模倣品対策 | Sanjay Kaushik 氏(CII) |
| 3 | 国際的な不正 | Dr. Robert Pelikán 氏 |
| 4 | テロ組織の資金システム | Dr. Ehud (Udi) Levi 氏 |
| 5 | MUSADO:護身術・近接格闘システム | Oldřich Šelenberk 氏 |
| 6 | 冷戦の教訓:鏡の向こうに見る調査業の未来 | Roman Bazikalov 氏(CII) |
| 7 | 不正事例とその教訓 | Bernhard Maier 氏(CII) |
| 8 | 「バレる」代償:尾行・張り込みにおける一つのミスがすべてを失わせる | Sam Zonensein 氏(CII) |
| 9 | 内部リスク管理のためのOSINT | Daniel Bertrand 氏(CII) |
| 10 | パネルディスカッション:人工知能(AI) | パネリスト:Aayush Kaushik 氏、Paddy Beiner 氏、Roman Bazikalov 氏、Dr. Lev Topor 氏/モデレーター:David MacLeod 氏(CII) |
1. ロシアの影響力とチェコのマネーロンダリング
Russian Influence and Czech Laundromat
講演者:Jiří Hynek 氏(調査報道ジャーナリスト)
トップバッターは、チェコ公共放送での長年の経験を含め、20年以上のキャリアを持つ調査報道ジャーナリスト、Jiří Hynek氏です。現在は自ら共同設立した調査報道サイト「odkryto.com」(「暴かれた」の意)で取材を続けており、チェコにおけるロシアの「復権」をテーマにした著書もあります。
Hynek氏によれば、1990年代のチェコはマネーロンダリング対策が不十分だったため、ロシア資金の格好の受け皿となりました。ロシアの政治家や実業家、組織犯罪に関わる人物らが、とりわけ温泉地カルロヴィ・ヴァリでホテルや温泉施設、住宅を現金で次々と購入し、資金の保全と家族の避難先確保を図ったといいます。資産の名義人となる地元の協力者(いわゆる「白馬」)の存在や、便宜を図る役人の関与による用途地域の変更、保護区域の改変といった事例も紹介されました。
講演の中心テーマは、制裁の実効性の限界でした。2014年のクリミア危機以降、多くの所有者が制裁を見越して、資産を第三者やキプロス、セーシェル、バミューダなどのオフショア法人に移したため、実際に制裁の対象となっている資産はごく一部にすぎない、というのがHynek氏の見立てです。さらに、暗号資産や専門の両替業者、そしてチェコのペーパーカンパニーを経由してロシアからバルト諸国やモルドバの銀行へ資金を流す「通過口座(flow-through accounts)」といった新たな経路にも警鐘を鳴らしました。
政治的影響力については、ゼマン前大統領の時代と比べて弱まっているとの評価でした。その背景として、ペトル・パヴェル大統領の就任や、2014年のヴルビェティツェ弾薬庫爆発事件をチェコ当局がロシア軍の情報機関によるものと断定し、ロシア外交官を追放したことが挙げられました。ただし、偽情報や偽動画の拡散、選挙への介入工作といった影響力工作は現在も続いているとのことです。
2. 南アジアにおける模倣品対策
Anti-Counterfeiting in South Asia
講演者:Sanjay Kaushik 氏(CII)
調査・セキュリティ業界で33年の経験を持つCII会員、Netrika Consulting創業者のSanjay Kaushik氏は、インドと周辺国における模倣品問題について、豊富な事例をもとに実務的な視点から講演されました。同社はインド国内8都市とドバイ、シンガポールに約350名の調査員を擁するまでに成長しています。
Kaushik氏は、南アジアを巨大かつ成長著しい一方で、取り締まりの難しい市場だと説明しました。インド・ネパール・バングラデシュ間の国境は往来が容易で、模倣品が正規の貿易品に紛れて流通します。また、バングラデシュやスリランカでグローバルブランドの製品を手がける縫製工場が、同じ素材やラベルを使って無許可の製品を生産するケースもあるといいます。インドで押収した模倣品の製造元が国外にあると判明しても、国境を越えて追及する仕組みがないことが多く、国内でも州ごとに取り締まりの姿勢が異なり、地元の政治的影響を受けることもあるそうです。
Kaushik氏は、模倣品を「被害者のいない軽微な経済犯罪」と捉えるべきではないと強調しました。たばこ製品の調査でコンテナの一つから雷管が見つかった事例や、鎮痛剤、手術用製品、ブレーキ部品、エンジンオイルなどの模倣品事例が紹介されました。オンラインでは、販売者が名義や電話番号を変えて次々と再出品するのが最大の課題です。ある案件では、最初の1週間で30万件の不正リンクを削除したものの、1年以上経った今も毎週20〜25件の削除を続けているといいます。削除だけでは不十分であり、出品の背後にいる人物、倉庫、配送業者、資金の流れまでたどること、証拠を即座に保全すること、そしてすべての案件を「法廷に出る前提」で準備することが重要だと結論づけました。
3. 国際的な不正
International Fraud
講演者: Dr. Robert Pelikán 氏(弁護士・仲裁人)
中東欧を拠点とする法律事務所Wolf Theissで訴訟部門を率いるDr. Robert Pelikán氏は、企業の社内調査において私たち調査員がどのような役割を担うのかについて、訴訟弁護士の立場から語ってくださいました。調査員にとっては、なかなか聞く機会のない貴重な視点です。
社内調査は通常、内部通報や、会社・経営陣に対する刑事捜査の開始をきっかけに始まります。調査の中心は会社が管理するデータであり、限られた数の関係者(カストディアン)から、GDPRの制約に配慮しつつフォレンジックの手法で収集されます。キーワード検索と段階的な人によるレビューが現在も基本で、AIは試験導入しているものの、あくまで補助的な位置づけにとどまっているとのことでした。
Pelikán氏が特に強調したのは、社内調査で得られるのは多くの場合「疑わしい兆候(レッドフラッグ)」であって「証拠」ではない、という点です。不正の一部は社外で行われるため、社内記録だけでは予防措置や人事上の処分の根拠にはなっても、民事上の損害回収や刑事手続に必要な立証水準には届かないことが少なくありません。そこで外部の調査員が、背景情報の提供と証拠収集の両面で力を発揮します。裁判所による証拠の扱いは国によって大きく異なるため、調査員は証拠の入手方法を弁護士に正確に伝えるべきだと助言しました。さらに、資産追跡、企業間の隠れた支配関係の解明、送達を逃れようとする被告の所在調査にも言及し、債務者の実際の居住地を突き止めたことで送達に成功した事例を紹介されました。
4. テロ組織の資金システム
The Financial System of Terrorist Organizations
講演者: Dr. Ehud (Udi) Levi 氏
約30年の経験を持つ情報分析の専門家で、犯罪・テロ対策における金融的手段を担うイスラエルのタスクフォースを15年以上率いてきたDr. Udi Levi氏は、「資金はあらゆる敵対勢力にとって不可欠なインフラである」と語りました。資金を動かせない組織は事実上機能不全に陥るため、資金の流れを断つことは従来型の治安対策以上の効果を持ちうる、というのが同氏の主張です。
同氏はテロ資金を「資金源」「移転経路」「使途」の3つに分けて整理しました。同氏の見解では、9.11以降に規制が強化されたにもかかわらず、銀行は依然として最も重要な移転経路であり、これに両替商、ペーパーカンパニーや貿易会社、そして近年急速に存在感を増す暗号資産が続きます。ブロックチェーン上の取引には、適切なツールと専門知識があれば追跡可能な「指紋」が残る点も強調されました。また、麻薬取引や詐欺を通じたテロ組織と組織犯罪の結びつきの強まりや、AIによってサイバー詐欺がさらに容易になる危険性にも触れました。
私たちの業界にとって最も示唆に富んでいたのは、ビジネスチャンスに関する指摘です。政府機関、訴訟当事者、企業のいずれもが、多くの公的機関には備わっていない金融調査・資産追跡の能力を必要としています。専門知識、技術、情報源を備えた民間調査員への需要は、今後10年で拡大していくだろうと同氏は見ています。質疑応答では、詐欺拠点とのつながりなど機微な調査結果を当局と共有するための有効な仕組みが、まだ整っていないことも認めていました。
5. MUSADO:護身術・近接格闘システム
MUSADO – Self-Defense and Close Combat System
講演者:Oldřich Šelenberk 氏
このセッションは講義形式ではなく、護身術・近接格闘システム「MUSADO」の実演でした。データや制裁、AIの話題が続いた後だけに、調査という仕事の身体的な側面を改めて思い起こさせてくれる時間となりました。私は以前から、調査の仕事には知力だけでなく体力と心構え、すなわち「心技体」が欠かせないと考えてきましたが、この実演はどんなスライドよりも雄弁にそのことを伝えていました。
6. 冷戦の教訓:鏡の向こうに見る調査業の未来
Lessons from the Cold War – Peek Through the Looking-Glass into the Future of Investigations
講演者:Roman Bazikalov 氏(CII)
モントリオールを拠点とするCII理事のRoman Bazikalov氏は、プラハの諜報の歴史を手がかりに、調査業の未来を展望しました。AIで制作した映像を交えながら、デッドドロップ(秘密の受け渡し場所)やマイクロフィルム、二重スパイといった古典的な諜報技術が、今日では暗号化されたデータの受け渡し、現場に出る前のオンライン調査、数分で作成できる偽プロフィールといったデジタル版に置き換わっていることを示しました。
同氏は、処理速度や規模、パターン認識におけるAIの優位性を認めつつも、信頼関係の構築、共感、常識、倫理的判断、状況認識といった人間ならではの能力はAIには代替できないと主張しました。守秘義務のリスクについても率直に語り、顧客の財務データや尾行映像をAIツールにアップロードして報告書を作成していた調査員の例を紹介しました。現在、CII会員向けのAIに関するセキュリティ・プライバシー・プロンプトのガイドラインを策定するチームを立ち上げているとのことです。
「データベースやAIで検索済みなのに、なぜ調査員に依頼する必要があるのか」という、多くの同業者が顧客から投げかけられる問いにも触れました。同氏の答えは、データベースが示すのは「すでに分かっていること」にすぎず、新たなリスクや「未知の未知(unknown unknowns)」を見つけ出せるのは訓練を積んだ専門家だけだ、というものです。今後の調査員を差別化するスキルとして、傾聴、情報を引き出す質問技術(エリシテーション)、ラポール形成、異文化対応力、虚偽の見極め、水平思考、説得力のある報告書作成を挙げました。AIがいずれ調査対象者の行動を予測できるようになるかをめぐる議論は白熱し、結論は出ないまま幕を閉じました。
7. 不正事例とその教訓
Fraud Cases and the Lessons Learned
講演者:Bernhard Maier 氏(CII)
Bernhard Maier氏は、欧州で扱った3つの事例を紹介し、いずれも検知手段の不足ではなく、内部統制の弱さが損失を招いたことを示しました。
1件目は、オーストリアのオンライン銀行で消費者ローンの債務不履行が集中した事例です。借り手は実在の人物でしたが、全員が同じ無登録の仲介業者を利用しており、その業者が銀行の審査基準に合わせて書類を改ざんしていました。しかも、この業者の配偶者が、ローンを承認する立場の銀行職員だったのです。銀行はその後、利益相反の申告と審査の制度を導入しました。
2件目は、不動産会社の取締役が法人向け融資を個人保証していたものの、会社の破綻後に本人の所在がつかめなくなった事例です。ポーランドで見つかった本人は、会社設立より前に身分証の紛失を届け出ており、署名も公的記録と一致しませんでした。個人向け融資で求められる居住確認が法人の保証人には適用されていなかったため、銀行には約7万〜8万ユーロの回収不能額が残りました。
3件目は、倒産した買主に建設資材を納品したとする取引信用保険の請求事例です。公開情報の調査と現地確認の結果、買主は必要な建設業許可を持たず、直前に株主・経営陣・所在地が一新されており、「保管倉庫」とされた建物は屋根に穴の開いた使われていない廃屋であることが判明しました。取引の直前に会社が実質的に別物に入れ替わっている場合、過去の企業データはかえって判断を誤らせる、というのがこの事例の教訓です。議論では、与信担当者にかかる販売目標のプレッシャーや、ディープフェイクがビデオ通話による本人確認を脅かす危険性にも話が及びました。
8. 「バレる」代償:尾行・張り込みにおける一つのミスがすべてを失わせる
The Burn Factor – How One Wrong Move in Surveillance Can Cost Everything
講演者:Sam Zonensein 氏(CII)
テクノロジーの話題が続く中、Sam Zonensein氏は私たちを「現場」に引き戻してくれました。尾行・張り込みは、聞き取りや書類調査とは異なり、調査員が環境も対象者の次の行動もコントロールできない仕事だ、と同氏は念を押します。
同氏は、最低2名体制での実施と、依頼者への正直な事前説明を強く求めました。対象者を見失うことはありうること、単独の調査員では確実性に欠けることを、あらかじめ伝えておくべきだというのです。十分な準備とは、最新の顔写真を入手し、出入口や駐車場、入館制限を事前に把握し、早めに現地に着いて周辺を歩いておくことです。あからさまに身を隠すとかえって不審に見えること、小さな町で商店主に対象者のことを尋ねるのは避けるべきことも指摘されました。機材やカバーストーリー(偽装の口実)は現場の状況に合っていなければならず、近くにコーヒーショップのない場所でコーヒーカップ型の隠しカメラを持っていれば、かえって目立ってしまいます。
同氏は「バレる」段階を、気づかれないまま疑われている状態から、近隣住民の敵意、警察の介入、対象者の関係者からの接触まで段階的に整理し、長期案件では交代時の引き継ぎを徹底するよう強調しました。事前に警察へ連絡すべきかをめぐる議論では、国による違いが浮き彫りになりました。カナダのオンタリオ州やアイルランドの参加者は事前連絡が一般的だと述べた一方、欧州の一部の国では尾行・張り込み自体が厳しく制限されています。締めくくりの原則は明快でした。「どんな対象者も、調査員の安全と引き換えにする価値はない」。
9. 内部リスク管理のためのOSINT
OSINT for Insider Risk Management
講演者:Daniel Bertrand 氏(CII)
カナダ連邦警察(RCMP)での勤務を含め約40年の経験を持つDaniel Bertrand氏は、オープンソース・インテリジェンス(OSINT)が内部リスク調査をどのように支えるかを解説しました。同氏は内部リスクを独立した専門分野と位置づけ、悪意ある内部者、過失、乗っ取られたアカウント、脅迫などを受けた従業員、取引先経由のリスク、退職者に残ったアクセス権限、さらには近年では社内システムで稼働するAIエージェントまでを含むものとして整理しました。
2026年のポネモン研究所の調査を引用し、内部インシデント1件あたりの平均コストは約1,950万米ドルに上り、封じ込めが遅れるほどコストが膨らむと説明しました。内部リスク管理は、調査員、人事、法務、IT、プライバシーの専門家が連携して取り組む「チームスポーツ」であり、調査員の役割は処分を決めることではなく、意思決定者に信頼できる外部情報を提供することだと述べました。
Bertrand氏はOSINTを「公開情報を用いた、体系的で記録に基づく調査・分析」と定義し、情報が公開されているからといって法的・倫理的な義務がなくなるわけではないと明言しました。そのうえで、委任範囲の確認、計画、収集、検証、照合、保全、報告、振り返りというライフサイクルを示し、手法と限界を記録すること、事実と推論を区別すること、保全した証拠はSHA-256以上の強度でハッシュ化することを推奨しました。業務上のセキュリティ対策としては、専用端末や仮想マシンの使用、私用アカウントを使わないこと、対象者のオンライン上の活動に一切関与しないことなどが挙げられました。
10. パネルディスカッション:人工知能(AI)
Panel Discussion: Artificial Intelligence
講演者:パネリスト:Aayush Kaushik 氏(Netrika Consulting)、Paddy Beiner 氏、Roman Bazikalov 氏(CII)、Dr. Lev Topor 氏/モデレーター:David MacLeod 氏(CII)
締めくくりのパネルディスカッションでは、オーストラリアのDavid MacLeod氏の司会のもと、インドのNetrika ConsultingからAayush Kaushik氏、ドイツからPaddy Beiner氏、カナダからRoman Bazikalov氏、イスラエルからDr. Lev Topor氏が登壇し、調査業におけるAIの責任ある活用について意見を交わしました。語学面の校正、大量文書のレビュー、文字起こし、画像解析といった特定の作業において、AIはすでに有用な「加速装置」となっているものの、調査員の判断や最終報告書に対する責任を肩代わりさせてはならない、という点で見解は一致していました。
パネリストは、インドのデジタル個人データ保護法(DPDP法)、欧州のGDPR、カナダのPIPEDAとケベック州法25号、イスラエルのプライバシー法など、各国の法制度を比較しました。国境を越える案件では、調査員、調査対象者、依頼者、報告書の提出先のそれぞれに関係する規制のうち、最も厳しいものを適用すべきだという実務的な助言がありました。また、個人データの入力を避けるか匿名化すべきクラウドサービスと、ローカル環境で隔離して運用するシステムとの違いも明確に示されました。後者の構築費用について、Topor氏は約2万〜3万5千米ドルと見積もっていました。
ハルシネーション(AIがもっともらしい誤情報を生成する現象)は依然として大きな懸念事項です。Bazikalov氏の事務所では、人の手で完了させた調査結果とAIの出力を比較したところ、多数の食い違いが見つかったそうです。私の印象に特に残ったのは、Beiner氏が紹介した、語学面の校正にはAIの使用を認めながら、人的情報源(ヒューミント)の報告内容をAIで処理することは禁じた依頼者の例です。言い換えや翻訳によって、情報源の語調や意味合いが変わってしまうおそれがあるからです。各国の規制がばらばらな現状では、職業団体こそが実務的なベストプラクティスの指針づくりを担うのにふさわしい、という点でも意見がまとまりました。
おわりに
プログラム全体を振り返ると、いくつかの共通するテーマが浮かび上がります。第一に、資金や資産は、名義人、オフショア法人、新たな決済手段といった幾重もの層を通じて移動するようになっており、その追跡には国境を越えた協力が欠かせません。第二に、損失の多くは高度な手口ではなく、見過ごされた利益相反、不十分な本人確認、更新されていないデューデリジェンスといった、基本的な統制の不備から生じています。第三に、テクノロジーは私たちの仕事のあり方を変えつつありますが、尾行・張り込み、OSINT、AIのいずれを論じた講演者も、最終的には同じ結論にたどり着きました。すなわち、手法、証拠、そして結論に責任を負うのは、あくまで調査員自身だということです。
Japan PIの業務の多くは、海外の依頼者に向けた国際的な所在調査、デューデリジェンス、訴訟支援です。プラハで共有された実践的な知見と、150か国以上に広がるCIIの信頼できるネットワークは、私たちが依頼者の皆様にお応えするうえで大きな力となります。今年のAGMをこれほど実り多いものにしてくださった主催者、講演者、そして世界各地から集まった仲間の皆様に、心より感謝申し上げます。