現代社会では、個人や企業を取り巻くリスクが多様化しており、それに対応するための情報収集の重要性がますます高まっています。特に、採用や取引における相手の信頼性の確認、または個人的なトラブル解決の手段として「身辺調査」を検討するケースも少なくありません。しかし、個人情報保護が重視される現在、単なる興味本位での調査は決して許されるものではありません。
身辺調査の定義と目的
探偵や興信所が提供する「身辺調査」とは、特定の法人または個人に関する幅広い情報を収集する調査活動を指します。この調査では、対象者の素性や経歴、生活状況、人間関係、素行、家族構成、交友関係、経済状況など、さまざまな側面を詳しく調べます。身辺調査の主な目的は、対象者の信頼性を客観的に評価し、潜在的なリスクを事前に把握することで、依頼者の安全と利益を守ることにあります。
具体的には、以下のようなケースで身辺調査が検討されます。
- 結婚・交際相手の調査: 経歴詐称、金銭問題、家族関係などを確認し、ロマンス詐欺や結婚詐欺のリスクを回避します。
- 配偶者・恋人の浮気調査: 不貞行為の証拠収集や相手の身元特定を行い、慰謝料請求などに繋げます。
- 企業の人事調査: 採用候補者や昇進候補者の経歴、素行、反社会的勢力との関与などを調査し、雇用リスクを低減します。
- 取引先の信用調査: 企業の財務状況、過去のトラブル、評判などを調査し、取引の安全性を評価します。
- 金銭トラブル: 債務者の所在や支払い能力を調査し、債権回収に繋げます。
- ストーカー・嫌がらせ: 加害者の特定や証拠収集を行い、法的措置や被害者の安全確保に貢献します。
- 行方不明者・家出人の捜索: 対象者の所在情報を収集し、発見に繋げます。
多岐にわたる身辺調査の種類と範囲
身辺調査は、依頼者の目的や調査対象の属性、状況に応じて多岐にわたる種類と範囲が存在します。
企業が依頼する身辺調査
企業が身辺調査を依頼する主なケースと調査項目は以下の通りです。
1.社内の脅威および従業員の不正行為:
- 横領・着服調査: 不正な資金の流れや証拠を特定します。
- 知的財産(IP)窃盗調査: 情報漏洩の経路や関与者を特定します。
- 職場内不正行為・ハラスメント調査: 事実関係の確認と証言の信憑性を評価します。
2.デューデリジェンスおよびビジネスインテリジェンス:
- M&A対象企業の信用調査: 財務状況、法務リスク、評判などを評価します。
- 役員・提携相手の身元確認: 経歴、犯罪歴、利害関係などを調査します。
- KYC/AML対応支援: 顧客確認やマネーロンダリング対策のための情報収集を支援します。
3.外部からの脅威および訴訟支援:
- 産業スパイ・情報漏洩調査: 不正アクセスや情報収集の経路を特定します。
- 訴訟支援・証人調査: 証拠収集や証言の裏付けを行います。
- 保険金詐欺調査: 不正請求の真偽を確認します。
4.ブランドと企業の信用維持:
- 模倣品・商標侵害調査: 販売元や製造元を特定し、摘発を支援します。
- 風評被害・ネット中傷の特定: 発信者を特定し、信用回復を支援します。
5.従業員の事前・在職中調査:
- 採用前のバックグラウンドチェック: 経歴詐称、犯罪歴、反社会的勢力との関係などを調査します。
- 副業・競業違反の監視: 従業員の不正な活動を監視します。
採用内定者のバックグラウンドチェック
採用時のリスクを回避するために、企業の規模や業種、採用する職種に応じて、以下のような項目が調査されることがあります。
- 経歴詐称のチェック: 学歴、職歴、資格などの真偽を確認します。
- 犯罪歴・反社チェック: 過去の犯罪歴や反社会的勢力との関与の有無を確認します。(ただし、法的な制約や倫理的な配慮が必要です)
公務員採用への身辺調査
公務員試験の一部では、採用選考の一環として身辺調査が実施される場合があります。この調査には、職歴や交友関係、さらには反社会的勢力との関係などが含まれることがあります。しかし、日本の公共機関では、採用調査の実施有無や具体的な内容について公式に公表されておらず、その実態は明らかになっていません。
役員・経営者の身辺調査
企業の経営を担う重要人物については、その経歴や過去のトラブルを徹底的に調査し、企業リスクの管理を徹底します。
取引先・ビジネスパートナーの信用調査
企業間取引では、相手企業の信頼性を事前に確認することが不可欠です。過去の倒産歴や金融トラブル、さらには評判などを十分に調査し、リスクを回避することが求められます。
個人が依頼する身辺調査
探偵に身辺調査を依頼する主なケースとその具体的な調査内容は、以下の通りです。
交際相手・婚約者の結婚調査
結婚前に相手の素性を確認するための調査では、経歴詐称や借金の有無、離婚歴、家族関係などを確認したいというニーズが多く見受けられます。しかし、これらの項目の多くは個人情報保護法の制約により、対象者の同意がなければ調査が困難です。ただし、ロマンス詐欺や結婚詐欺の疑いがある場合は、肩書きや経歴詐称の有無について調査することが可能です。
浮気・不倫相手の身辺調査
配偶者や恋人の浮気・不倫相手の身元を特定するための調査です。通常、尾行や張り込みを伴う行動調査の調査手法で実施されます。
金銭トラブル・債務者の身辺調査
お金を貸した相手の所在や支払い能力を調査するほか、詐欺被害に遭った際には相手の特定を行います。
ストーカーや嫌がらせの調査
加害者の身元を特定し、法的措置に必要な証拠を収集することで、被害者の安全を確保します。ストーカー被害に遭っている場合、加害者を特定するだけでなく、その人物の詳細な身元情報を把握することで、より効果的な対策を講じることが可能です。
基本的に、ストーカー規制法に基づく対応は警察が行いますが、限られた予算のため、加害者のリアルタイムな行動を積極的に監視することまでは難しいのが現状です。しかし、資金に余裕がある場合、探偵や調査機関に依頼して加害者の行動を監視し、詳細な行動調査を実施することで、より一層の安全対策を講じることができます。
自分を対象とした身辺調査
自身の犯罪経歴証明書を取得したい、あるいは自身の周囲からの評価を把握したいといったニーズもあります。
自己の犯罪歴証明書
アメリカやカナダなどでは、ビザ申請や永住権手続き、海外での就職、または金融、弁護士、医師、酒類販売、教職などのライセンス取得、さらには国際結婚や養子縁組、企業買収・M&Aの際に、犯罪経歴証明書(無犯罪証明書)の提出を求められることがあります。この証明書を取得するには、FBIやカナダのRCMPへの申請時に指紋フォームの提出が必要です。そのため、一部の探偵興信所業者では、指紋採取サービスを提供しています。
一方で、日本国内においては、警察庁が個人の犯罪経歴に関する情報を基本的に開示することはありません。ただし、正当な理由がある場合に限り、犯罪経歴証明書が発行される場合があります。例えば、海外移住や海外でのビザ申請がこれに該当します。また、日本では犯罪経歴の取り扱いが非常に厳格であり、犯罪経歴証明書の代理取得は認められていません。そのため、探偵や興信所業者がこうした手続きの代行を行うことも一切許可されていません。
自己バックグラウンドチェック・自己評価調査
日本では、単に自身の過去の犯罪歴を確認したいという理由だけでは、そのニーズを満たすことはできません。前述した海外移住などの例外規定を除き、警察のデータベースへのアクセスは基本的に許可されていません。そのため、探偵や興信所が行える調査は、報道やオンライン情報、訴訟記録などの公開情報に限られています。
過去の職場での評価や自身の評判を知りたいと希望する方は少なくありません。しかし、相談者の中には統合失調症的な症状を抱える方が含まれる場合があります。例えば、前職の関係者から嫌がらせを受けていると信じ込む被害妄想のケースが挙げられます。このような精神的要因による妄想が明らかな場合、調査を引き受けることで探偵や興信所が準詐欺罪に問われるリスクが生じる可能性があります。したがって、探偵や興信所が依頼を受ける際には、状況を慎重に見極めることが求められます。
身辺調査の方法と流れ
探偵は、様々な情報収集の手法を組み合わせて身辺調査を行います。
身辺調査の具体的な手法
尾行・張り込み
対象者の行動パターンや接触人物を把握するために行われます。徒歩、車両、公共交通機関など、状況に応じた方法が用いられます。
聞き込み・取材調査
対象者の近隣住民、関係者、勤務先などに聞き込みを行い、情報を収集します。
データ調査(SNS・戸籍・勤務先・住民票など)
公開情報や合法的に取得可能な情報を活用した調査を行います。具体的には、SNSの投稿履歴、商業登記、不動産登記などが該当します。ただし、戸籍や住民票の取得については法律で厳しく制限されています。そのため、これらの情報が必要な場合は、正当な調査理由があることを前提に、弁護士などの専門家に依頼し調査を進める形となります。調査結果は共有いただきながら、適切に進行させていきます。一方で、正当な理由や弁護士への依頼要件が満たされない案件については、この種の調査を行うことはできません。
身辺調査の依頼から報告までの流れ
一般的な身辺調査は、以下の流れで進められます。
- 相談・見積もり: 依頼内容や目的を詳しくヒアリングし、調査方法や費用について説明します。
- 契約: 調査内容、期間、費用などを明確にした契約書を作成します。
- 調査: 契約内容に基づき、情報収集や尾行、聞き込みなどの調査活動を行います。
- 中間報告(必要に応じて): 調査の進捗状況を報告します。
- 報告書作成: 収集した情報を整理し、報告書として提出します。
- アフターフォロー: 報告書の内容に関する説明や、今後の対応についてアドバイスを行います。
身辺調査は違法?合法?法的リスクを解説
身辺調査は、その目的や手法によっては違法となる可能性があるため、探偵業法や個人情報保護法などの関連法規を厳守し、合法的な範囲内で行うことが求められます。違法な調査はプライバシーの侵害や名誉毀損を引き起こす恐れがあり、場合によっては依頼者自身が法的責任を追及される可能性もあります。
「身元調査」という言葉は過去の差別的な行為を想起させるため、探偵・興信所業界では人権尊重の観点から、結婚調査における戸籍謄本の不正取得を禁止し、対象者側の自己開示を基本とした情報収集を推奨しています。婚約者の親族の出自を調べることは違法となる場合がありますが、反社会的勢力との関係を確認する調査は合法とされています。ただし、反社会的勢力に特定の出自の出身者が多いという側面もあり、調査の合法性の判断が困難なケースも存在します。
企業が身辺調査を行う際の注意点
企業が採用調査などを行う場合、応募者の人権に十分配慮する必要があります。過去には、特定の出身地による差別的な採用が行われた事例もあり、現在では厚生労働省も採用調査に関して慎重な対応を求めています。
採用調査のリスク
採用選考においては、応募者の適性や能力を確認することは問題ありません。しかし、家族構成、出身地、家庭環境など、業務遂行に無関係な個人情報を収集・調査することは避けるべきです。このような違法な調査が明らかになれば、企業の信用を著しく損ない、さらには訴訟リスクを招く可能性があります。
採用調査を行う際には、応募者本人の事前同意を得ることが不可欠です。また、リファレンスチェックのように、第三者から客観的かつ合法的な手段で情報を収集することが求められます。これにより、透明性を確保しつつ、適切な選考プロセスを実現することができます。不適切な身辺調査や、それに基づく採用選考や内定取り消しは、法的紛争に発展するリスクを伴います。採用調査においては、法令を遵守し、公平かつ誠実な姿勢で臨むことが重要です。
名誉毀損・プライバシー侵害の問題
違法な手段で個人情報を収集したり、事実に基づかない情報を広めたりした場合、名誉毀損やプライバシー侵害で訴えられる可能性があります。
身辺調査の費用相場
身辺調査の費用は、調査の目的、範囲、期間、必要な人員などによって大きく変動します。
調査内容 | 費用相場(目安) |
結婚・交際相手の調査 | 数十万円~ |
浮気・不倫調査 | 数十万円~ |
採用前のバックグラウンドチェック | 数万円~ |
取引先の信用調査 | 十数万円~ |
行方不明者・家出人捜索 | 数十万円~ |
ストーカー・嫌がらせ調査 | 数十万円~ |
※上記はあくまで目安であり、具体的な費用は、案件に応じて、探偵・興信所に見積もりを依頼する必要があります。
自分でできる範囲と探偵に依頼すべきケース
簡単な情報収集であれば自分で行える場合もありますが、専門的な知識や調査スキル、法的知識が必要となるケースでは、探偵・興信所に依頼するのが適切です。特に、以下のような場合は専門家の力を借りるべきでしょう。
- 法的なリスクが伴う調査: プライバシー侵害や名誉毀損に触れる可能性がある場合。
- 専門的な調査技術が必要な場合: 尾行、張り込み、情報分析など。
- 客観的な証拠が必要な場合: 法的な手続きで使用できる証拠収集。
- 個人での調査が困難な場合: 対象者の所在が不明、警戒心が強いなど。
探偵・興信所の選び方と注意点
信頼できる探偵・興信所を選ぶためには、以下の点に注意する必要があります。
- 公安委員会への登録: 探偵業を行うには、公安委員会への登録が義務付けられています。登録の有無は必ず確認しましょう。
- 明確な料金体系: 見積もりをしっかりと提示し、追加料金が発生する条件などを詳しく説明してくれる業者を選びましょう。
- 実績と評判: ホームページや口コミなどを参考に、実績や評判を確認しましょう。
- 守秘義務の徹底: 相談内容や調査で得た情報を厳守する姿勢があるか確認しましょう。
- 契約内容の確認: 調査目的、期間、費用、報告方法などを明確に記載した契約書を作成しましょう。
- 強引な勧誘や高額な契約: 不安を煽るような強引な勧誘や、相場からかけ離れた高額な契約には注意が必要です。
- 違法な調査をしないこと: 違法な調査を依頼したり、提案してくる業者には注意しましょう。
身辺調査を正しく理解し、適切に活用しよう
身辺調査は、リスク管理やトラブル解決のための有効な手段となり得ますが、その実施には慎重な判断と法的知識が求められます。調査の目的を明確にし、違法な手段を用いることなく、信頼できる専門家を選び、適切な範囲で身辺調査を活用することが重要です。